(写真下:ロンドン・シンフォニー・オーケストラパンフレット)

高城喜三郎はKARAOKE文化を世界に広めましたが、KARAOKEにとどまらず音楽の良さを多くの人々に広める活動も行ってきました。
その代表例が1991年7月にロンドン・シティのバービカンホールで開催されたLSO(ロンドン・シンフォニー・オーケストラ)のサマー
ポップスに後援したことです。
LSOは英国・ロイヤルファミリーが経営する世界で最も格式の高いオーケストラですが、日本のオーケストラとは異なり、スポンサーシップ制
度を導入することで格安の料金で誰もが気軽に鑑賞できることが特徴のひとつとして挙げられます。毎年、夏季は映画音楽など身近な楽曲を演奏
するサマーポップスを開催、格式は高いものの子供から大人まで誰もが身近に感じられるオーケストラといえます。
高城喜三郎は1991年7月に開催されたサマーポップスに後援、これは日本企業はとして初の試みであり、その後、英国ABSA(Association for Business Sponsorship of the Arts)
よりBSIS(Business Sponsorship Incentive Scheme)賞を受賞 しております。サマーポップス開催にあたっては、世界的な演奏家が多数参加
しておりますが、そのなかでも高城喜三郎が強く参加を願っていたのが、ジャズピアニストのジョージ・シアリングです。
(写真左:コンサートが行われたバービカンホール)
ジョージ・シアリングは1940年代後半にロンドンからニューヨークに移住、GSクインテットを結成しビブラフォンとギター、ピアノという個
性的な編成が大いに人気を博し「バードランドの子守歌」が大ヒット、ロシアなど各国でジャズの普及に貢献してきました。今回のサマーポップス
開催で、長年の夢だったジョージ・シアリングと対面「あなたに会うためにこのコンサートを後援しました」とシアリングに語っております。
(写真上:ジャズの天才ジョージ・シアリング氏と共に)